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2008-06-30

*個性的

私はキリスト教信者じゃありませんけれど、イエス自身は好きなのです。
(ついでにいうと、シャカもマリアも、老子も観音も、宗教に関係なく好きです)

で、私はあまり勉強しておりませんので詳しくはないのですが、
彼らが口を揃えて言ってることがあります。
珍しくイエスの言葉を引用してみます。

――水であるがいい。
野心とは、上に向かって行くという意味だ。水は下に行く。
もっとも低い地を探す。それは何者でもないことを望む。
自分はユニークだ、例外だ、特別だと宣言することは望まない。
エゴの観念はない。

イエスの言葉なんか引用するとあっという間にここも格調高くなりますね。ピース。


個性的であることなんか、当たり前なのですよね。
ひとりとして同じ人間はいないのですから。
わざわざ宣言する必要はないのです。

自分の視野が狭いのを棚にあげて、
自分はつまらないと思うのなんか、どうかしてます。
自分にとって自分がエキサイトできなかったら、一体何故生きてるんだって思うんですけれども、
どうでしょうね。
わたしの意見は強引でしょうか。


あっちへ転がり、こっちへ転がり、目を回しながら、たまに止まり、
雨の日流れてきた水にまた動かされて、
私はどこへ行くんでしょう。
野心の欠片は、その道をスムーズに進ませません。
でも、そもそも道ってでこぼこしているものだから。
きれいに舗装された道ばかりじゃ
轍と轍の間に咲くたんぽぽにも一生会えないんだから。
こちらもきれいな球じゃないから、まっすぐ進めないのが当たり前だと思って、
にこにこ参りましょう。


ここでもう一つ引用。これは占星術師の言葉
――人生で重要なのは、完璧を達成することではありません。
不完全な自分を暖かく受け入れることのほうが重要です。
なかせるじゃねーか。
あ、にこにこ行くんでした。


6月21日は夏至でした。
蟹座にとって1年で1番重要な1ヶ月が始まるというのですが、
こんなに暑くて、私は微熱があって、
うひゃー。ベストコンディション。


そう、水に流される石ころにはなれても、
水そのものになるのは私にはまだまだ難しいです。
「石ころは石ころでもわたくし、クリスタルじゃなきゃいやですから」とか、
やっぱりどこかで思ってるし。
海岸に落ちている梅干の種か、いちぢく浣腸のカラ容器にでもなってみろってんだ。


さて雨がずっと降っています。
この雨空が過ぎ去ったら、蒸し暑いじっとりした夏が「こんにちは」なんでしょうか。
かえすがえす、なぜこの時期に蟹座重要月を迎えるあるー?
いやあるー。
でも動こう。
今の時期、じっとしてたら、1ヶ月で1年くらいの損失ですから。



そうそう。今朝、ピンポーンっていう呼び鈴の音で目が覚めたんです。
明け方4時半頃でしたか。
でも誰もうちの玄関に訪ねてきたわけではなかったのです。
どうやらそれは「私の体の中」で鳴ったみたいでした。
とてもはっきりと、1回だけ。
で、当然のごとく、私は眠いので「ならしてんじゃねーよ」くらい思って、
また眠ってしまいました。

誰が鳴らしたんだろ。呼び鈴。
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2008-06-29

*ポケットにマヨネーズ

スーパーマーケットに買い物に行ったある日。
そこはレジ袋を頼むと1円払わなくてはならないところで、
10円だったら考えるが、1円じゃーなー、うーん、などといつもうっすら考えている。
買い物チョイスが終わり、レジに並んでいると、私の前に会計をすませようとしているおばさまが
レジのお姉さんに「袋はお使いになりますか?」と聞かれて、
「ちょっと待ってちょうだい」と自分のカバンをガサゴソかき回していた。
そしてレジ袋らしきものが無事見つかり、並んでいるほうとしても、心なしかホッとしたのも束の間、
「やっぱり頂戴、袋」

なら最初っからもらうって言えよとちらっと思ったものの、
また私ったら、すぐ人を責めようとするのは悪いクセだわと自分を諌めてみる。
私も会計が済み、先ほどのおばさまが袋詰している台に進んだ。
おばさまは全てのものを袋詰にしたあと、
フィニッシュに備え付けの、冷凍食品などを入れる薄いビニール袋を、
ごそそそそそそそそそっと何回も回転させてそれをわしづかみにして買い物袋につっこんだ。
何が悪いのよ、タダなのよ、と空気に文句をつけるかのように口角を曲げながら斜め上を睨み、
自分が使った買い物カゴは所定の場所に放り投げて斜めに入っても気にしない。
まるで斜めに入ったカゴが悪いかのように、何よ、私の仕事だっての? と一瞥をくれただけ。

わたくし、お目々ばしばし。
一瞬ぽかーんとしたあと、こう祈ってしまった。
神様、あのおばさまのポケットに、マヨネーズをにゅるるるっとたっぷりお恵みを。

お恵みを。
2008-06-27

*過激な人

ずいぶん前の話です。
いつものようにだらだらしていた昼下がり、
何気なく某国営教育番組をつけたら、そこにねじめ正一さんが。
うわ、年いきましたなぁとしみじみ眺めて、ふとバックボードに目をやると、
甲本ヒロトさんの詩。

番組は途中からだったんですけれども、
どうやらねじめ正一さんは「過激な詩」についての講義をしていたのでした。


それは「毛虫」という歌の歌詞でした。
私は聞いたことがなかったのですが、
番組でこの歌を流してくれたのです。
およそ毛虫らしくない、やわらかいフレーズ。
「♪毛虫ウォウォウォ・・・・毛虫ウォウォウォ・・・
なんかの赤ん坊・・・」

ねじめ正一さんじゃなくても、
この「なんかの赤ん坊」にアンテナがひっかかるのです。
そのあとの「ひらがなでもなく、カタカナでもない、
漢字で書こう毛虫」という部分は、馴染みのある感覚なのですが、
『なんかの赤ん坊』って、本当に過激だと私も思いました。
だって蝶か蛾に決まってるのに、
『なんか』
そして幼虫なのに『赤ん坊』。
「きっとなんかの赤ん坊だから甲本さんは毛虫を許せるんだね」
「こいつにはかなわないかもしれないと思った」と
ねじめ正一さんは言ってました。


「甲本さんは一般社会やファンがどう思おうと関係ないんだろうな。
関係なく、リラックスして過激を楽しんでいる感じがします」とも
ねじめさんは言ってました。
めずらしく頷きながらTVに同意していました
(↑すみません、ちょっと見栄はりました。いつものことです)。

過激なのって、何故だかちょっと惹かれます。
でも過激って、たとえば盗んだバイクを改造、大音響のパパラパパパラパとか、
そういうわかりやすいものじゃなくて、
もっとこちらが常識だと思い込んでいるものを
顔色ひとつ変えず、そんなの常識じゃねーよと突然言われるようなのを
私は過激だと思うのです。
静かでも過激なものはあります。
そしてそういうほうがうるさい過激よりも過激なことが多いと思います。

甲本ヒロトさんに限らず、ごくたまに見かける過激な人を見ていると、
その過激さって本当に誰にも真似できなくて、
どこでこんな過激さを身につけたんだろうなっていつも思うのです。
別に誰も攻撃しないし、
むしろその人の過激さはしばしばその人の中に入りこんでいきます。

過激な人のことを好きな人と嫌いな人ははっきり分かれるかもしれません。
多分嫌いだと思う人は頭の中が古い人なのかもなと思うのですが、
そんなこと、どうだっていいんです。
過激な人はどこまでもマイペースで過激。
その人を好きだという人にだけ、過激な愛を注いでいればいいのだわ。

滅多に嫉妬しないのですが、こんな過激さには嫉妬してしまいます。
そしていつまでも嫉妬していたい。


そうそう、ねじめ正一さんだって、十分過激な人ですよね。
アナウンサーが困っていました。
あのアナウンサー、全然わかってないだろうな。あはは。
番組を見た要るとき、
ねじめ正一さんも詩人でいることが面倒になっちゃったのかなと一瞬思いました。
だって『過激』としか言わないんだもん。
もっと違う言葉で表現することを試みなくちゃいけないかも?
これじゃ、ボキャブラリーが少なすぎない?
でもすぐ考え直しました。
あれでいいのです。
だって司会のアナウンサーの顔を見ても、よくわかってないみたいだったし、
これ以上ややこしくさせると『レクチャー』じゃなくなるんだわ、きっと。


いいのよ、好きな人にだけ伝われば。そういうものもアリよ。


今朝もふと思い出して、
「毛虫うぉぅおぅお 毛虫うぉぅおぅお 毛虫うぉぅおぅおぅおぅお・・・」
と歌いました。

歌っていると、毛虫ってあたたかいかもと思えてきました。
うぉぅおぅお・・・って毛虫が這っているような音なんだね。
ええと、芋虫のほうがつめたいかも。
性格が、ではなくて。
芋虫に知り合いがいないからわからないけどっおぅおぅおぅおぅお・・・
2008-06-25

*本当にケチなのは

娘がまだ低学年だった頃、
娘と、娘の友達の人形の服を1着ずつ作ったときのことです。

同じ柄の生地を使って、デザインをちょっと変えようと思っていたのです。
そうしたらうちのサル娘は
「同じデザインにしてー。じゃないとあげられない」などと、
とんでもなくケチくさいことを言うんですなぁ。
だって違うデザインなら取り替えて遊べるじゃありませんか。
私も飽きるので、違うデザインを作りたかったのです。
なのに「全く同じのじゃなきゃ嫌だー」
モノに困ったことがあるわけでもないのに、
なぜこんなにこいつはケチくさいのでしょうか。
なんだかムカムカしました。

もちろん同じのを2着作りましたけれども。
「今度こんなケチなことを言ったら、お母さんはもう作らないから」とまで言ってしまいました。
本当に腹がたったのです。

でもなんで?
そんなたかが人形の服じゃありませんか。
違うデザインだったらあげられなくなるというのも、本当はよくわかるのです。
自分でも、この怒りが普通じゃないのがわかりました。
仕方なく自分の中に入ってみました。

そうしたら嫌なことを思い出しましたわ。


私が小学3年生の3学期だったと思います。
入院しがちな生母が珍しくうちにいました。
ふたりでちょっと歩くところに散歩がてら買い物に行ったのです。
歩きながら私は「そういえば今度学校でお楽しみ会があって、私は劇をするんだよ。
お母さんの役でエプロンがあるといいんだけど」と生母に言いました。
すると生母は「じゃあ買ってあげる」と言ってくれ、
お寺の傍の洋品店に入りました。
私が選んだのは、やや厚手のキャンバスコットンの生地で、
白地に直径5cmくらいの黒線の輪が規則正しく並んでおり、
複数の輪が重なってできるダイヤの部分が青、ときどき黄色に染め抜かれた、地味なエプロン。
生母は「こんな地味なのでいいの?」と聞きました。
でも当時の私にはその『地味』というのがよくわかりませんでした。
ただ、白地にそんな模様がさわやかに見えたんです。
それに大人用にしては小さいサイズで身長の大きな子どもにぴったり。
「これがいい」
「そう、じゃあこれを買おうね」
私は嬉しかった。


さて、生母はその年のゴールデンウイークに亡くなったのです。
生母が亡くなった後、
父の姉にあたる伯母がたまに来て、部屋の掃除などしてくれました。
伯母は篠路という札幌でもちょっとはずれたところに住んでおり、
私のうちまでくるのは結構大変だったと思います。

私はこの伯母が大嫌いでした。
生母ととても仲が悪かったからです。いつも偉そうで、命令口調で喋る。
生母はこの伯母をの悪口を散々子ども達に聞かせていました。ハハハ。
でも考えてみれば生母が生きているとき、
私達子どもが伯母から嫌なことをされたのは、あまりなかったように思います。
生母の悪口のフィルターがかかって、闇雲に嫌っていた部分も確かにあったようなのです。
本当に嫌だったのは生母が亡くなってからでした。


私は小さい頃から片付けや掃除が苦手でした。
実は生母もそうでした。
父は当時を振り返って、「おかあさんは体が弱かったからね」とかばっていましたけれど、
多分生母はADDだったんじゃないかと思います。ピース。

そんなわけで伯母がたまにくると、ひゃあ~と必ず声をあげ、
太った体を信じられないスピードで動かして、だだーっと片付けました。
私が友達から借りた雑誌もそのへんにうっかり置いておくと、捨てられてしまうのです。
1度あり、友達に謝ったことがあります。

実際伯母は家事がとても上手でした。
料理も掃除も地域活動も編物も、全てパワフルにこなしていました。
それは今も変わりません。


ある日この伯母が、私が生母に買ってもらったエプロンを見つけました。
「あら、これ誰の?」
「それは私の。おかあさんに買ってもらったの」
「こんな地味なのを?これ、おばさんに頂戴」

てめー。今オレが言ったことが聞こえなかったのか。
オレは「今年死んだ母親に買ってもらった」と言ったのだ。
あげられるわけないだろう。

・・・とは言えませんでした。
伯母に逆らったことなど1度もありませんでした。怖かったのです。
それにこんなだらしのない子ども達が散らかした部屋を掃除しに来てくれているのに、
文句なんか言えませんでした。
でもその時初めて逆らいました。
「これはおかあさんから買ってもらったものだからあげられない」

すると伯母は言いました。
「ケチだねぇ!!
うちのおにいちゃん達なんか、伯母さんが頂戴って言えば何だってくれるよ」

それでも私はあげると言いませんでした。
私はその日、ずっとケチだと言われました。

そしてその2週間くらい後。
私が学校から帰ると、伯母が掃除にきており、
みるとあのエプロンをしていました。
「悦子、これ、おばさんもらったから」


何も言わせないという雰囲気。
私はもう何も言いませんでした。


ひとつしかないものを人にあげられないのはケチなんでしょうか。
それはやっぱりケチなのかもしれません。
モノなんて、モノでしかないからです。
でも親が亡くなったばかりの子どもから
その親が買ってくれたものを取り上げるのは何て言う名前の道徳でしょう。
感謝?奉仕?お中元?お歳暮?びっくりプレゼント?

私はこの時「ケチ」というのは最低なんだと自分で思うことで、
自分を無理矢理納得させていたのです。



しばらく忘れていました。
でも娘が今回「ひとつしかないものはあげられない」と言った時、
あの時の気持ちが蘇ったのです。
「ひとつしかないものがあげられないなんて、なんてケチなんだ」と
自分に向けられた言葉をそのまま娘に投げつけていました。
小さい頃の私はまだ怒っていたのです。


なんてことだ。


ここで伯母を責めるのはとても簡単。
でもそれは全くつまらないことです。

伯母はもしかしたら、
「こちらが大変な思いをしてこんなところを掃除しにきているのに、逆らうとは何事だ」と
思ったかもしれませんが、それは表面的なことです。
伯母は自覚できないかもしれませんけれども、
私の言葉が伯母の古いスイッチに触ったのです、多分。
つまり伯母も傷ついた頃の自分をそのままにしているのです。
それは殆どの人間がそうなので、恥ずかしいことではありません。
しかし賢いことでもありません。
そしてそういう子どもの存在を知った人間にとってのみ、
そのままにしておくのは恥ずかしいことだと思います。
その子どもをフォローすることこそ、賢いことではないかと考えます。


伯母も小さい頃に母親をなくしたのです。
伯母の母親が病死して、
私の祖父は後添えに亡くなった妻の姉妹のひとりと再婚したのだそうです。
それが私の父の母親。
伯母と新しい母親はうまくいってなかったとあとで違う叔母から聞きました。
勿論それがどうだということではなく、
そういうことがあったというだけのことです。
それが伯母の何かに影響したとか、憶測は出来ますが、
本当のことは伯母にしかわかりません。


伯母の名誉のために言うと、
伯母がこんなことをしたのはこの時だけです。
相変わらず偉そうな物言いは続きましたが、
クリスマスには私にかわいいブーツを買ってくれたりしました。
日頃から「子どもにブーツなんて贅沢だ。あんなの要らない」と言ってたのに。
フフフ。
伯母は伯母の愛し方で私達を愛してくれていたのです。
それがわかったのは大きくなってからですけれども。
今では、この伯母が好きになっています。


周りを見渡して、静かに考えて見ます。

たとえば本当に上品な人は、他人を「下品だ」と言いません。
人を貶めることこそ下品だからです(←しばしば私)。

本当に賢い人は愚かに見える人を愚かだと言いません。
どんな人にも奥底に賢さを持っており、それを見つけることができるからです。
あまり見えていない人が人を愚かだと決め付けます(←往々にして私)。

卑怯じゃない人は、卑怯な人をみても「卑怯である」とあまり責めませんが、
卑怯な人は他人のちょっとしたことを変にいじくり、変換して卑怯だと言います(←たまに私)。

いつまでそんなことにひっかかっているんだと言う人こそ長いこと引っかかっているものを引き摺っているものだし、
ずるい人ほど人に向かって「ずるい」と言います。

では、ケチじゃない人は?
ケチな人ほど人のケチを責めますよね。
ケチじゃない人は人のケチなんてどうでもいいから。

本当にケチだったのは娘ではなくて


大きいつづらを、雀を脅して奪っていった、おばあさんだったのです。
あんまりケチだったので、途中でつづらの中身が気になり、藪の中で開けてみたら、
中からおばけや虫がたっくさんでてきましたとさ。
おしまい。どっとはらい。
2008-06-24

★notice★

交換セッション&交流会のお知らせ


ライトワーカーたる者、日頃の自分自身のメンテナンスができてなんぼです。
心身とスキルのメンテナンス、お互いにし合いっこしませんか
「私ヒーリング受けるだけの人~っ!」って方も大歓迎です
美味しいお茶でも飲みながら、たまにはまったり過ごしましょう。

今回はなんと
お仲間の、シャンバリックカフェさんが出張サービスして下さいます
  http://homepage3.nifty.com/joy-full/index.html
マジカルランチ&スイーツ付き~!

みんなで楽しくておいしい、ゆったりした時間をすごしませんか



■日時■
   2008年7月13日(日)12時~18時頃


■場所■
 魔女ハウス♪
  …ってどこ?って聞かれるとアレなので
  †Cradle Garden†~ゆりかごの園~セッションルーム   
  京浜東北線蕨駅下車徒歩3分(埼玉県蕨市)
  (詳しくは参加者へお知らせ致します)


■会費■
 ランチ&スイーツ&お茶代をいただきます。そんなに高くないですぞ。
まだ未定なのですが、3000円以下になる予定。


■定員■
 先着10名様くらい。 埼玉以外の方ももちろん大歓迎


■お持ちいただくもの■

 ★セッションでの必要物品

 ★プレゼント交換用の品物
  ご自宅のタンスの肥やしになっているモノは
  誰かにとってはお宝王冠かも知れません。
  早速お部屋をお掃除して、誰かのお宝を発掘しちゃいましょう★
  発掘したモノをプレゼント用にラッピングしてお持ち下さい。
  お部屋は綺麗になるし、誰かを喜ばせることができるし、一石二鳥です


■お申し込み方法■
 この日記にコメントにて参戦表明お願い致します。
  ★自分がセッションしたいメニュー
  ★自分が受けたいメニュー
  を、お書き添え下さいませ♪


■タイムスケジュール(その日の気分で変わります)

 12時~    マジカルランチしながら、ぶっちゃけ自己紹介タイム
 
 13時半~   交換セッションタイム
 
 15時or17時~ マジカルスイーツショートケーキ食べながら、プレゼントプレゼント交換タイム

 18時~    皆がその気になったりしたら、リチュアルカラオケかもぉ~


■注意事項■
 寝る系セッションはテンピュールマット利用になります。


■主催者であるところの艶女■

えみりぃ RMMS埼玉地区美人ガイド
    ある時はしっかりものナース、ある時はメディカルアドバイザー
    その実態はヒーラーであり、そして・・・フフフ
  
    HPはこちら → http://rm.emily001.com/
    エネルギー変わる度にHP壊れるんで困っているらしい…
    現在ちまちま作り直しておりますです…

榎本悦子 RMMS埼玉地区美人ガイド
    イラストレーターでありヒーラー
    ジュエリーデザイナーでありチャネラー
    その手が生み出すアクセサリーは、大天使のエネルギーと共に

    まだブログしかないの・・・Hacca-Box  http://haccabox.blog110.fc2.com/
    で、地味だけどnet shopはあるの・・・http://haccabox.cart.fc2.com/



ではでは、みなさま、お待ち致しておりまするぅ~

かなりオセオセのタイムスケジュールですが
もしもお時間があったなら…
えみりぃサウンドデトックスグループワークがあるかもしれませぬよ♪
これ、もんのすごいんです。
埼玉すぴこんで、えみりぃとは隣のブースだったのですが、
隣でドニパドロというもののセッションをすると、こちらまで波動がやってくるんですね。
人によって暑くなったり、寒くなったりするそうですが、わたくしは滝行をした後みたいに
すっごぉぉく寒くなります。
そしてすぴこん中も、何回もトイレに行きました。
えみりぃのドニの浄化を受けてたんでした。
おすすめです。




ちなみにわたくしが提供しようと思っているのは、
大天使サブラエルのヒーリング&チャネリングメッセージ、
イシスヒーリングお試し版
エンジェルカードリーディング
アクセサリーも展示販売
ご希望があれば、大天使をおろしてのDNAAもいたします。
2008-06-23

*黄金のばあちゃん達

実家の母も何人かいる伯母達も、もうばあちゃんになっています。
164.5cmのわたくしが彼女達の中にいたら、
白雪姫と何人かのコ・・・・えーと、コーカサスオオカブト?

とにかくばあちゃん達はその重ねた年月が重くなるのか、
大抵の方は余計なものを削ぎ落としているように見えます。
素敵。
おとな気ないという言葉がありますけれども、
ばあちゃん達に限って言えば、そんなの各個人の尺度で決めればいいじゃんっていうか、
だって「自分はオトナである」という自覚があるのですから、
ノープロブレム。
ばあちゃん達の話を聞いたり、見たりしているととてもおもしろいのです。


本当はみんなわかっています。
気持ちだけはいつまでもわかいままなんだっていうことを。
ただ、体だけが心を置いて、年をとっていくのだということを。
そのギャップにある日気がついて、愕然とすることを。


母は今踊りを習っています。
先日はちゃっきり娘を市民会館だかどこだかで踊ったんだけれど、
途中ぽかっと忘れちゃってとっても悔しかったと何度も話す母もナイスですが、
母の踊りのお仲間の話もとってもいいの。

次の踊りでは、踊りの先生はいつも後ろにいた母を前列に配置したそうです。
何人かで踊る踊りで、1番巧い人は前列の向かって右端、
次に巧い人は左端にいらっしゃるものなのですって。
そして前列の真ん中と後列にはあまり力量に差がないそうですが、
あまりにあんまりだったら仕方なく後ろになるのだとか。
母は始めたのが比較的遅かったので、後ろで全然構わないのだと言ってました。
だから今回の配置にはびっくり。センターじゃん★
母は恐縮しながら先生にお聞きしたら、先生は
「新しい人も育てなくちゃいけないから」とおっしゃられたそうです。
新しい人がいれば古い人がいます。
いつもセンターで踊っていらした方にはこれがつまらない。
後列の左端に位置された彼女は「こんなところで踊ったことなんてない」と
あろうことかふくれて練習をしないのだそうです。
彼女のプライドが許さない場所だったのですね。
更にいつも踊りの前列向かって右側にいる方に対して
「場所を取り替えてって言ったら、取り替えてくれるかしら」と、
他のお仲間にこぼしていたそうです。

でも先生のお話は
「あの人の踊りは1人でならいいと思う。でも、複数で踊るときには、
いかにも自分が巧いというような、わざとらしいフリが目立つのが難点」
・・・なのだそうです。

私は話を聞いている間中、
心の中で、小さい頃見た根性バレエドラマのテーマが流れていました。
♪踊ろう赤い靴~ひかりの湖で~小鳥が舞うように~きれいな~輪を描こう~・・・・
っていう、アレ


ばあちゃん達は余計なものを削ぎ落としているかのように見えるのですが、
こんなプライドは持ったままの人はたくさんいるのですね。
それが一番の大荷物なのですが、どうしても手放せないみたいです。
こんなのみっともないという意識はとうに捨てているのか、
もともとなかったのかはわかりませんが、
それがないために余計目立ちます。
母にもプライドはありますが、知恵があり、それを表に出すことはしません。
どう生きてきたかということが、こんなときに垣間見えるのかもしれません。


さて、それから例のばあちゃんはどうしているかというと、
「なんだか練習する気がでなくて」と他の人の練習を眺めたり、
端っこの折りたたみのテーブルを
どったんばったんと音を立てて片付けたりしてるのだそうです。
母が気の毒だと思い、「○○さんを呼んできてあげたら」とお仲間に言ったら、
みなさんは口を揃えて
「放っておくのが1番よ。あの人、優しく声をかけてもらいたいんだから」
わかっているならしてやれよともちらっと思いましたが、
そこはばあちゃん達の世界なので面白がって黙って聞いているのが吉。
もうすぐ発表会だと聞きましたが、どうなることやら興味津々。

こういうのって、年がいってるかどうかなんて全然関係ないんですね。
敬老クラブにはこんなファンキーなお年寄りがたくさんいて、
見ていると面白いんだと母は笑って話すのです。


そういう母も時々ぶっとんだ会話をしています。
母と伯母と私と娘で、函館まで日帰りのお墓参りに行ったとき。
海辺の墓地なのでいつも風が強くて、
お線香を焚く蝋燭の火をつけるのが毎回一苦労なのです。
なのにこの日に限って珍しく風がなく、火は簡単につきました。

母「見てご覧!今日はこんなにぼっぼぼっぼと燃えてるんだから!」
伯母「本当だ!いつもはぼっぼぼっぼと消えるのに!」
母「ね~。ぼっぼぼっぼと、ほら !」

燃えるのも消えるのも同じ擬音で、
それを何の疑いもなく普通に使いこなすなんて、なかなか出来ないワザです。
うちに帰ってそれをちらっと指摘したら、母の笑いが止まらなくなりました。
布団に入っても時々だれかが思い出してくすっと笑うと、
それが伝染してなかなか眠れませんでした。おばかさん達。

果物に寄って来るちいさなショウジョウバエのことも母なりの言葉で呼ばれていて、
それなりにかわいがられて(?)いました。
それは「プンプラ」。
「あっ、またプンプラがきたっ!」と言っては団扇をもって追いかけていました。
どうしてプンプラって言うの?と聞きましたら、
「だってプンプラプンプラって飛ぶじゃない」

プンプラ飛ぶっていうのがもう真似できないすごさで、
私と娘は埼玉に帰ってきてからもプンプラと呼びつづけています。

ばあちゃん達のパワーはすごかったです。
あのまま突っ走って欲しい。
私も、単純でわかりやすい感情のやりとりを楽しめるばあちゃんになれるといいなぁ。
そう、黄金のばあちゃんに☆
2008-06-23

第一回埼玉すぴこん ご来場の皆様、ありがとうございました★

昨日は会場の半分から奥にお客様がいらっしゃらないという『雰囲気』で、参りましたなぁ。
一番奥の壁際にわたくしはいたのです。
RMMSのガイド仲間とふたりで、北のゲートキーパーか、こりゃ・・・
と思っていましたけれど、午後にはまあまあお客様もいらして、よかったです。
ありがとうございました。


昨日感じたことは、
本来の自分と繋がれなくて、自信を持てる機会がない人が多いんだなーということでした。
これはわたくしも同じなのです。
そんなに簡単なことじゃないのは身をもって知っています。

でも、やっぱりやらなきゃと思います。
もっとイキイキするために。


あちこちでお会いした、いろんな方々がわたくしを覚えててくださり、
お声をかけてくださったことが本当に嬉しかったです。
ありがとうございました

次は福岡です。
福岡すぴこんでお会いするみなさん、よろしくお願いします。
2008-06-21

6/22(日曜日)第一回埼玉すぴこん出展します

何回も告知していますけれど、いよいよ明日です。
天気が悪そうですね

わたくしのHacca-Box、ブースナンバーは11です。会場の奥の壁際ですけれども、
みなさん、いらしてね★

で、大宮ソニックシティでやると聞いて、てっきりホールなのかと思ったら、
地下の第一展示場でやるので、お間違えのないよう。
っていうか、わたくしが間違えそうでした。

明日はどんな方とお会いできるでしょう。
今からとても楽しみです
2008-06-21

*忘れられない夢

何故か中学の時のクラスメイトの男の子がでてきた。
たまたま道で会った私に彼は熱く語った。
「オレな、オレな、静かに狩人(←あずさ2号で御馴染み兄弟デュオ)のグループに入って、
狩人s(狩人の複数形。カリウズと読む)になるんだ!」


静かにグループ入りって何・・・
そして狩人は二人いるから既に複数形だというのに・・・
2008-06-19

*おいしい杏仁豆腐の食べ方

初めて食べたとき、この薬くさい、まずい食べ物は何だと思いました。
しばらく嫌いでした。
でも、神楽坂にある、しぶいお店で友達のささやかな送別会をしたとき。
食事も済んだのだけど、まだだらだらとそこにいたいと思い、
メニューを見ますと杏仁豆腐が。しかも、それだけしか。

なんでもいいぜ、もう、と頼んで、
でてきたのはほんのちょっとの量。
頼むぜと思いつつ口にしたら、それがすごくおいしかったんです。
だらだらしたかったのに、あっという間に食べてしまいました。
私が知ってる薬くさい杏仁豆腐とは違う。もっとコクがあって、豊かな味。

それからわたしの杏仁豆腐放浪が始まりました。
もう、どこへ行っても杏仁豆腐の字を見つけたら食べずにはいられない。
たとえ夜中のファミリーレストランでも、
高速道路のサービスエリア内の食堂でも。
あの神楽坂で食べた杏仁豆腐にはかないませんでしたが、
何がおいしいのかわかったので、それなりに楽しんで食べられました。

でも、できたらあの味に近づけたい。あの味が食べたい。
そう思って、今日もスーパーで買ってきて食べてみました。
いろんなメーカーが出していますから、比べられますが、どこも違う。
何が違うんでしょう。
うんと・・・あれは確か、ちょっと塩味が加わっていた。
甘いのに塩気もちゃんとわかるくらい入っていました。
なら塩をかけてみようと思い立ち、うちの粗塩をぱらぱらっとかけて食べてみました。
スイカに塩をかけるように、イチゴに塩をかけるところがあるといいます。
(びっくり☆)
杏仁豆腐に塩くらい、何だーと思いながら(←ちょっと抵抗があったことが見え見え)。

ところが。
これがとってもおいしかったんですよう!!
あの神楽坂の味に似ています。ほんの少しの粗塩。是非お試しください。
2008-06-19

*おお、ゴーシュ君今日は一体。いや、今日も一体

2003年頃の話。

心療内科に行こうと思っていたのに、だらだらして先延ばし。
でもなるべく早くに行きたかった。
それというのも、あまりにADDという病気の症状に自分があてはまるからだ。

1) 過去の成果にかかわらず目的に到達していないと感じる
2) 計画、準備が困難
3) 物事をだらだらと先送りしたり、仕事にとりかかるのが困難
4) たくさんの計画が同時進行し、完成しない
5) 退屈さに耐えられない(滅多に退屈しない)
6) すぐ気が散り、集中しない。しかし1度集中すると異常なほど集中し、
なかなか通常の状態に戻れない
7) 決められたやり方や適切な手順に従うのが苦手
8) 短気。イライラしがち
9) 衝動的で不安傾向が強い
10) 気分が変わりやすいし、癇癪持ち
11) 慢性的に自己評価が低い
12) コーヒーやコーラをしょっちゅう飲んでいる
13) 掃除や片づけができない
14) 物忘れが激しい
15) 家族に同じ症状の人がいる


・・・・・オレじゃん。
同じ症状だった家族とはなくなった生母だ。

調べてみたら、2003年当時で専門のクリニックは初診が6年先まで予約でいっぱいだった。
6年!!

でもとりあえずもし、病気だったら、
今以上に自分を責めなくて済む。
この病気もまた理解されがたい。
ADDとは、今よく学校教育で取り上げられる多動児の、多動しないやつである。
多動児だって、なかなか理解されない。
それどころか「あのひと、変よね」といわれて終わり。


ADDとは脳の障害ではなく、脳内の伝達機能の障害らしい。

むずかしいことはよくわからないのだけれど、とりあえず病院に行って、診断を受けよう。
診断を受けてからまた考えようと思っていた。ふふふ。

ひとつ言えるのは、
もしADDだったとしても、それは何か意味があることなのだということだ。

本当に豊かな心とは、
どんなときにも、どんなものにも価値を見出せる心のことだと私は思っているし、
退屈しないのがADDの恩恵だとしたら、それを疎ましく思う理由はない。
だらだらしたり、激しく忘れたり、掃除が苦手であったりしても、
退屈しないでいる自分がとても気に入っている。ピース


そしてしばらくして、近所のしょぼい市立病院に行った。
そうしたらあったのは、心療内科ではなく、神経内科だったので、
受診できなかった。

総合案内にいた、看護婦さんらしい格好をした年配の女性に聞いたところ、
「注意欠損障害って、何歳の方なんですか」
私は自分の年齢を言う。
「ご家族の誰かなんですか」
だから私ですと言った。
「あなたが?多動には見えませんね」
だから多動があるのがADHDで、ないほうのADDの疑いだって言ってるだろ、ぼけー!と
もっと優しい言い方に変換してお伝えした。
今オトナでもそういう症状に悩んでいる方が大勢いらっしゃって、
チェック項目があったのでやってみたら、私は全部あてはまってしまったのだと言ったら、
「現代人はだれでも大なり小なりそういう面があるものですよ。
私たちだってああいうチェック項目にあてはまること、あるんです」
とかすかに笑いながら彼女は言う。
はっきり言うが、「病院関係者が全員正常だという常識」はない。
かつ、彼女がなんの障害も持っていないという保証は、
その時点でどこにもないのですよーだばーか
と思ったが、大人なので言わなかった。

仕方がないのでにっこり笑って、
「受診して、全然問題がなければ、ああ病気じゃないんだなあと思いますし、
もし、ADDだったとしたら、これ以上自分をせめずに済んでいいと思うので、
はっきりさせたくて病院にきたのです。
勇気をだして来てみたんですけれども」

するとその女性は私の言うことをやっとわかってくれたらしく、
「では、そういうのは心療内科でも、大学病院とかの、大きなところのほうがいいと思います。
症例がないと門前払いを食わされかねませんしね。
この辺ですと・・・・」
と、心療内科のある病院を教えてくれた。


不親切なんだか親切なんだかわからない対応だったが、感謝して病院を出てきた。

で、それ以来、この件で病院には行っていない。
ADDだろうが、そうでなかろうが、もうどうだっていいやという気にもなっている。
治療して治るものではないらしいこと、
それどころか治療に使われる薬は依存性が高いこと、
ADDとわかったところで、それを言い訳になんかできないこと。etc・・・

そう、夫に「そんなに病気になりたいのか」と言われたのも、ちくっときたのだった。
でも私にもしADDという『病名』がついたら、一番困るのはあなただね。


オトナのADDを扱っている病院の初診待ちが6年というのは頷ける。
そんなのばっかじゃねーのっていう病院が多すぎて、
どこへも行けない人たちがそれだけ多いということだ。

フラワーエッセンスだって、もっと日本の病院で使ってくれたら、
胡散臭い目で見られないのに、(そしてもう少し安くなると思うのに)
どうも日本の病院は頭が固すぎるところが多いような気がする。




ADDは退屈しないという事実

窓辺に置いてある透明のガラスの花瓶には、
今、花を挿していない、水だけいれてある。涼しそうだから。
その中を赤い自転車が逆さまになって通り過ぎた。

ぼんやりしている間に、また1台、赤い自転車が花瓶の中を逆さまになって通った。
さっきの自転車と同じかな。
それとも自分の中にあったシーンが巻き戻されて、
もう1度見せられているのかな。

まだ6月なのにあんまり暑くて、自分がどうしたいのか、よくわからない。
考えるのも面倒くさい。
私の脳は今交通渋滞に陥っている。
どこか工事中みたいだ。


意識とは、自分が今どういう状態なのか把握するための機能であるらしい。
ならば私の意識が時々飛ぶのはどういうわけだ。
私は自分を把握しているのか。
いや、あまりに複雑にしすぎてやりたくないと言うほうが正しい。
どんな時にも、法律より常識より賢者より正しい判断をするのが体である。
体の言うことは素直に聞かなくちゃ。
体が休みたいというなら休めばいし、
体が動きたいと言うなら動けばいいのに、
そんな簡単なことができないのは、
自分に与えられた体が実は恩恵であると気付かないからだ。


痛みは取り去らなければならないものと思っていた。
でも、それはちょっと違うらしい。
痛みは道標なのだそうだ。
痛みは単に怪我や病気から発生するのではなく、
体からの信号であるという。

痛みのある部分を感じて、その痛みがどういうものであるのか、
じっくり味わう。
だから、その痛みをじっくり観察して、そこに意識を集中して、
痛みのもとを探る。
痛みの原因の在りかは、大抵心のどこかにあって、
それを自覚したら痛みは消えるという話。
頭痛鎮痛剤を持ち歩くことなど、その解決を先延ばしにしているだけだというのだ。
ああ、それもまた痛い話。


そんな話を聞くと、
痛みを感じるというのは、本当は悪いことではないのかもしれない。
ここが悪くなってますよ、ここから逃げてますよというメッセージなのだとしたら、
やはりそれは感謝して受け取るのがいい。
痛みに感謝するのではなく、それを発している自分の体に感謝するのだ。
・・・ちょっと難しいよな。


何故今、自分にこのBodyがあり、このMind があるのか、考えてみる。
何故この顔で、なぜこの脳で、何故この場所で、何故この色なのか。
クエスチョンマークがそこここにたくさん落ちている。
いちいち拾わない人のほうが多い。
そんなヒマはないと思っている。

でもヒマがあるからやれるものではなく、
ヒマを無理矢理見つけてでもやらなくちゃならないことのように思えてならない。
面倒だな。でも。


でもわかったらきっと嬉しい。

そんなことをぼんやり考えていたら、今度は花瓶の中を蝶々が逆さまに通り過ぎた。
本当はプレイバックなど始めっからないのだ。



私はちょっと考え過ぎ?
2008-06-18

*速度と距離

人には人のスピードがある。
それを時々忘れてしまう。
自分が理解していると思っていることが、必ずしも人にとっての真実ではないことを
時々忘れてしまう。

それがその人の選択だと思えば責めなくて済むのかもしれないけれど、
残念であるという気持ちが口調をやや乱暴にさせる。
責めていないのに、本当は責めているのはその人の心であるのに、
乱暴な口をきいたほうが責めているように思われる。

どんなに親しくても、人と人との間には距離があり、
その距離は楽しむことが可能であるのに、
時々寂しく思ってしまう。

何甘えてんだ。ふふふ。



以前、教習所のある教官と心の交流があったのだ。
それをある主婦にわくわく話したら、
いつの間にか私が教官にナンパされた話にすり変わっていた。

屋根のない駐輪所に自転車を止めて遠出している最中に雨が降ったらしく、
私の自転車のサドルと、まだ小さかった娘が乗る子ども用の座席にタオルがかけてあった。
それは駐輪所の管理人さんが好意でしてくれたのだ。
そのおじさんは、私たちが自転車を止めるたびに声をかけてくれて、
小さい娘をかわいがってくれていた。
私はおじさんに感謝したんだという話だったのに、
駐輪所のオヤジの下心という話にすり変わっていた。

犬の糞のことを私に注意された中学生が、私が買い物から帰ってくるのを
私のアパートの前で待っていたのは、
「謝りたかったからだ」という話だったのに、
彼女はどこの中学かわかる格好をしていたから、
チクられないためにそんなことをしたんだという話になっていた。


確かに私は疎いのだけど。


私は自分の真意がどこにあるのかうまく話せない時がしばしばある。
常に説明不足気味でもあるらしい。
それでも話さずにはいられないのでぎこちなく話すのだ。
そしてやっぱり正しく伝わらない。

そんなことは日常の普通のことなのだけど、
自分が思ってもいない誤解をされると、本当に戸惑ってしまう。
こんなとき、
「人には人のスピードがある。人には人の立ち位置がある」と繰り返して、
自分の動揺を落ち着かせる。

未熟者である自分を持て余す。


私がHugするのも、人に愛してるというのも、
とっても普通のことなんだけれど、
そんな風に考えない人にとっては、罪深いように見えるんだろう。

私は今までに、あるイニシエーションをいくつか受けている。
それらは、最後にガイドとHugをするのだけど、
そのうちふたつのガイドは男性だった。
私と同じ日にイニシエートを受けた人の中には、勿論男性もいて、
そういう人は男性同士でHugする。
端からみたら、滑稽で気持ち悪いとさえ言われるだろう。
でも私たちはすごく真面目にやっている。
こういうことを理解してもらうのには、多分時間がかかるのだ。


理解してくれとは言わない。
けれど、いろんな行為の意味は自分が知っているただひとつではないことを
知っておいてもらいたいと思うのはわがまま?贅沢?押し付け?


あまりに多くて、私は説明するのが時々億劫になる。
わかってくれる人は、そのうちわかってくれるだろうし、
わからない人には、その見方は必要がないだけなのだと思おうとしている。
それをまだ受け入れられない自分もいるのだけど、
このことに関しては押し付けにならないように気をつけなければならないと
警告している自分もいる。
でもそれでいいのか?と思っている自分もにらんでいる。

私はまだ迷っている。

精進せぇよ



速度と距離。
皮膚のほかに、自分と相手を隔てるもの。
それは善でも悪でもない。
ただ、そこにあるっていうだけ。
2008-06-15

*ひとりということと、孤独ということ

時々一緒にして考えている人がいるが、この二つは似ているようで全然違う。
ひとりとは肉体的な状況のことであり、それは癒しになり得る。
孤独とは精神的な状況のことで、それは破壊に繋がる。

ひとりになる時間は豊かなものをもたらすが、
孤独を覚える時間は精神的空腹感しかもたらさない。

意識的にひとりになることは知恵であり、
孤独であると感じるのは無知なのだという。

(だったら早く教えてくれよ。もっと早くに。
気づくまで誰も教えてくれなかったよ。ははは。こんな年齢になってしまったよ)


一般の人が一生をかけて解明する「秘密」のひとつに
「人間は孤独ではない」というのがあるらしい。
それをどうやって知るのかは人それぞれに方法があるのかもしれないが、
そんなに簡単にはいかないような気がする。
だってしばしば人は孤独になりたがるから。

だけど私はそれになんとなく気付いている。
だから自分がどこへ行っても浮いてしまうという事実はそれほど苦にならない。


若山牧水だったか。
「白鳥はかなしからずや 空の青 海の青にもそまずただよう」
と詠んだのは。
確か。

あれを中学のときに授業でやった。
先生は言った。
「これを色彩のみで捉えるのは間違いである」
じゃあ何だったのか忘れた。

うん、忘れた。
「色がきれいな歌だ」と私が発表したのだけど。
それは違うと言われたのだった。
この教師は以前にも「白い月」と表現した私に「月は黄色だ」と言い放った。
奴は色に鈍感なのかもしれない。

悲しいのは若山牧水だけだ。
水鳥はちっとも悲しくなんかない。
若山牧水の詠んだ歌だから、悲しい心の投影の歌でいいんだけれども。
だからきっと「色が、悲しすぎるほどきれいな歌だ」とでも言えばよかったのだと思う。
でもそんなセンチメンタルな歌、
今となっては色が褪せて見えるだけである、私にとっては。
間違って正解だと褒めてやろう。


孤独であると感じるのは、ひとりだからじゃない。
何もわかっていないからだ。

わかっていないとわかったら、次へ進める。


本当にね。
あなたはひとりじゃないんですよ。
2008-06-13

*オイディプス王

大好きな野村萬斎さんが主役の舞台のビデオを、借りて観た。

『オイディプス王』。
ご存知ない方のために解説(ネタばれになります。ご注意)。

ある国の王のところに生まれた子どもに神託があった。
「父親を殺し、母親と結婚する」と。
父親である国王は神託を恐れ、まだ赤子である子どもの足に釘をうち、
羊飼いに殺せと命じた。
しかしそんな赤子をどうしても殺せないのが人情である。
羊飼いは、知り合いの遠方の国の男に赤子を託す。
その男は、自国へ赤子を連れて帰り、その国の王にその赤子を差し出した。
王は子どもがなかったので、とても喜び、
名前をオイディプス(腫れた足首)と名づけて本当の我が子であるように愛情をかけて育てた。

すると、その国でも変なことを言う預言者がいた。
青年になったオイディプスにこんなことを言ったのだ。
「お前は父を殺し、お前が生まれた畑に種を蒔くだろう」

オイディプスはそのおぞましい予言成就を避けるために、ひとり国を出た。

途中、細い山道である一行と出会う。
偉そうに道をよけろと言われ、んだとてめぇと、かっとなったオイディプスは
馬車もろともその一行を谷底へ突き落として殺してしまった。
実はそれがオイディプスの本当の父、その先の国の王であった。


その国はスフィンクスの謎かけにほとほと困らされていた。
国王はこのスフィンクスを何とかしてと神様にお願いしに行く途中だったのだ。

そこにオイディプス。
彼は持っている知恵でスフィンクスをやっつけてしまい、
国に王として迎え入れられ、前王の后を自分の妻として国を治めた。
この前王妃にして、今は自分の妻となった女性こそ、自分の母であるとも知らずに。


っていうかさ、何歳離れてるのよ。関係ないの?
いくら早い出産だって、16~7歳は離れてるじゃん・・・という疑問も湧いて当然。
でも、きっと王妃だからもともときれいだろうし、
食べ物だっていいだろうし、エステだってやってるよね。
私が王妃ならそうするもん。
それにあの手垢がついた陳腐な言葉
「愛があれば年の差なんて」!

関係ないのね、年齢差なんて。
オイディプスと王妃はそれは仲良くやっていたそうだ。

それにオイディプスは前の王と似てるから、愛情も湧きやすかっただろう。
だって息子なんだもの。

ある日、その平和な国に悪い疫病が流行った。
神託を聞いてみると、
「元凶はこの国にある、人殺しの穢れである」といわれる。
オイディプスは言う。
「心に覚えのあるものは、速やかに申し出よ。殺しはしない。痛めつけたりもしない。
ただ、国から出で言って欲しい。
もし、身内や親しい友人がその元凶だと知っているのに隠し立てするものについては、
誰も口をきいてはならない。誰も相手をしてはならない」

しかし、事実がだんだん明らかになっていくと、
その呪いの言葉は自分にふりかかってくる。
全て明らかになったあと、王妃は首をつり、
オイディプスはその王妃のかんざしで
何度も自分の目を突き、慟哭して、1人国を出て行った。

オイディプスは知っていたのだ。
神の許しがなければ、自ら死も選べないことを。

・・・というお話でした。

私は映画でも、本でも、一度入ってしまうと中々でてこられない。
私の中でまだ、血だらけで慟哭しているオイディプスが消えないんですけど。

これって、何を伝えたいんだろうと思うわけよ。

知らなかったんだからしょうがないじゃんって思えたらいいのにね~っていうことじゃないのね。
人間の悲しみ? 運命の絶対? 神託を信じろ? 幸せは突然壊れる? かっとなるな?
いや、私はしょっちゅうカッとなっちゃうので、
それは気をつけなくちゃあ!と思ったけれども。


話自体は最低だなと思ったんです。
多分、本当におもしろいのは、オイディプスが国をでてからの話。
神様がオイディプスにそこまでの試練を与えて勉強させたかったことは何か
ということですよね。
でも、舞台は「本当に悲劇だったことでした」で終わり。
野村萬斎さんはすごかったけれど、
麻美れいさんもとてもよかったけれど、
演出は悲劇をより悲劇に仕立てるための演出で、過剰だなぁと思いました(偉そうにすみません)。


話が本当に「げろげろ」だけれど、
そこまでして得られるものが絶望だったら、なまらつまんねーべや。
これを舞台にした意味って何?
どこまで人は「げろげろ」になれるか?


シシューポスの神話というのをご存知ですか。
あんまりいい王様じゃなかったんだけれども、
その悪知恵で、2度も死の手を逃れた男。
とうとう彼に科された罰とは、灼熱地獄でも三角木馬責めでも、手足縛りエロビデオ三昧でもなく、
ちょっと重いが持てないほどではない岩を山の頂上まで持っていくという仕事。
この岩、頂上にあと少しというところで絶対に落ちるようになっていて、
シシューポスは永遠に仕上げることのできない仕事をしなければならない。

このシシューポスをちょっと思い出したんです。オイディプス。
シシューポスは神様なんか屁とも思っていなかったし、知恵があった。
でも、シシューポスは全て自覚してやったことだけれど、
オイディプスは預言者の言葉を本当にしないためにしたことで
本当にしてしまったけれど、半分は知らないでやっちゃったこと。
そもそもそれは、彼が神様を信じているからよね?
人殺しはよくないけれども、あとの半分は仕方がないじゃないかと思うんです。
この二人に共通していることは、
自ら死を選べず、永遠に虚しさと戦わなければならないこと。
虚しさと戦うことくらい虚しいことはない。


シシューポスは自分の仕事が終わらないことをちゃんと知っているんです。
彼はそのくらいの知恵は十分持っている。
それを知らないのは彼を罰している神たちだけ。
シシューポスは今日も岩を運ぶ。
そしてその岩が転がり落ちるのを、エクスタシーに満ちた顔で見つめる。
シシューポスの知恵が罰をも変容させたのか、
それとも狂ったのか。

彼は狂わない。
物事が多面的であると、ただ悟っただけ。

オイディプスにもそのくらいの狡猾さがあればいいのに。



実はこの話、以前とっていたあるメールマガジンの話題でもありました。
かなり前ですけれども。
そのメールマガジンではとてもきれいな結論をだしていました。

「意識せずに誰かを傷つけているかもしれない。
でも、そんなとき自分ひとりを責めないで。
一生懸命やってきた結果なのなら、もっと誇っていいのだ」

ちょっときれいすぎませんか(やや眉をひそめて、頭を30度くらい右に傾ける)。
わたくし、納得いきません。
でも、このくらいのきれいさがかえって救われるところでもあります。

そのメールマガジンを出しているひとのHPに行ってみましたら、
やはりオイディプス王の続きがあるそうです(近所の本屋さんになかったわよ)。
決して悲劇ではないのだそうで、
この後にオイディプスは色々な災厄に見舞われるけれど、
王であるときに成した娘に助けられ、幸せに一生を暮らすというエンディングだそうです。

私のイメージとして、夕陽の色がきれいに映える飾り気のない部屋で
少し疲れた、老いたオイディプスが椅子に寝そべっていると、娘がやさしく声をかける。
「おとっつぁん、おかゆができたわよ」
・・・・・・
続きはみなさんの胸の中にあると思いますので自粛しますが。
うーん、なぜにオイディプス、ハナ肇(若い人たちにはなぜハナ肇さんがでてくるかわかるまい)。

うん。
知らず知らずに人を傷つけるって、はぁあ~・・・・
本当。私はそれでとてもとても落ち込んで半年くらい死体だったことがあります。
でも、あの時あんなに落ち込む必要があったのかと、今になって思うのです。

そんなことがあったからオイディプス王にそこまで自分を責めないで欲しかったのかなぁ。
単に主演が大好きな野村萬斎さんだったからということの他に。

図書館でオイディプス王のその後を探してみようと思いましたが、
とうとう見つけられませんでした。
2008-06-12

*虹

2003.6.1の話。

私がひとりで出かけている間に、夫と娘は夫の実家で遊んでいたのですが、
その時、虹を見たそうです。
それも今までにみたことがないような、変わった虹。
二重の虹だったというのですが、
普通、二重の虹って並行じゃありません?
ところが昨日の虹は起点が同じなのに、放物線の関数式が違うみたいに、
並行じゃなかったそうです。
そんなことってあるんですね
(多分、角度の違う虹ということは光源が二つあるということで、
それは本物の太陽と、田んぼに映った太陽ではないかと勝手に想像)。
内側のより濃く現れている虹の内側はすばらしいばら色で、
虹の外側がきれいな雨上がりのグレイッシュブルー。
娘と夫はしばらく見とれていたと言ってました。

娘が義母を呼びに行って、虹を見せたら
「あらあら、こんな虹初めて見たわ。嫌なことの前触れじゃなきゃいいけど」
と言ったというので夫と娘は苦笑したそうです。
日食を神の崇りだと騒いだ時代を想像しました。ふふふ。
(お義母さん、ごめんなさい)

たとえば水晶でも、中に虹が見えるのはいいと言われます。
ちょっとヒビが入って、そこの光の屈折率が変わって、
プリズム効果が起きているのだとか何とか言われればそうなのだろうと思いますが、
それでも虹は何かいいことの前触れと捉える考え方って、私には馴染むのです。
だってきれいだもの。


で、その翌日聞いたのですが、
義母が虹を見てそんなことを言ったのは、
空襲があった空がとてもきれいに赤く染まっていたのを忘れられないからだそうです。
きれいな空をみると、不安になるんだって。

きれいな空を見て不安になるってこと、あるんだね・・・。

美しいものと死の恐怖の記憶が結ばれているって、
想像がつかない。
だけど、今まさに死ぬかもしれないという時に空を見て
「ああ、きれいだ」と思った義母の感性がすごいと思う。
私はそんな時何を見るだろう。

そんな切迫した状況下でなくても、
いつも自分の見ているものが、他のひとと同じだとは限りません。
私が見ているこの色、他のひとはどんなふうに見えるんだろうって
いつも思います。
同じに見えるのって、当たり前だと思うかもしれないけれど、
本当はすごいことなのかも。
同じように見えていると思い込んでいるだけで、
本当は微妙なところが違っていても、
ひとりひとりの目が違うのだからあり得ると思う。


そう考えると、
同じものを見て、同じように「ああきれいだ」と思えることもまたすごいことなのかも。
それだから嬉しいんだなぁ。
2008-06-11

*ダツラ

夕暮れ時に湿って暑い風が吹くと、ああ夏が近づいたなぁって思う。
じ――――――――――・・・という虫の音が耳から入って脳幹まで染みていくようなイメージと
草の匂い。

本当に洒落にならないのだ、ここの夏は。
35度なんてザラで、40度は2度経験している。
この夏は北国生まれの北国育ちの私には、正気の沙汰ではない。
きっと、ここで生まれて育った人にも。

でもそれでも夏を待っている自分がいる。


ダツラは私の中で特別な、夏の花だ。
夕方開き始めて、翌日の午前中にしぼむ。
日中はあまり見られない。

ダツラは朝鮮朝顔といい、アルカロイド系の毒が抽出される植物である。
朝鮮が原産国ではない。
この名前が付けられたうんと昔、なにやらわけがわからないものに「朝鮮~」とつけたという。
朝鮮の人達にしてみたら、ちょっと腹立たしいと思われるが、
ミステリアスという意味に捉えたらいいかもしれない。

(ちなみに浅草の神谷バーにある、デンキブランは、
別にびりびりするから電気とつけたわけではなく、
当時最新のものが電気であり、何でも新しいものに「デンキ~」とつけたのだそうだ)

村上 龍の「コインロッカーベイビーズ」に「ダチュラ」というキーワードが出てくるが、
あれはこのダツラから精製された麻薬である。

華岡青洲は、当時麻酔技術がなくて、
手術ができずに死んでいく患者をなんとかして助けたいと、
この植物の持つ、神経を麻痺させる作用に注目し、
自分の妻を実験台にして、ようやく使用方法を確立させた。
妻はそのせいで視力を失った。


でも私がダツラという言葉に始めにびりびりしたのは、カスタネダの本の中だった。
カルロス・カスタネダはシャーマンである。

(彼の書いた本はちょっと難しいが、とてもわくわくするので、興味のある方はどうぞ。)

私がスピリチュアルな方面にしっかりと興味をもったきっかけになった人で、
ヤキ・インディアンではないのに、ヤキ・インディアンの師が彼をみつけ、いろいろ教えたのだ。
サボテンとか、キノコとか、いわゆるやばい幻覚剤なのだが、
それを正しい知識のもとに、正しい使い方(とは言えないような場面もあったようだけれど)で使用し、
未知の世界と接触していた。
その中にダツラを使ったMAGICKがあった。

カスタネダの師である、ドン・ファンは言う。
「ダツラは女なのだ。やつの教えてくれることはあてにならない」


ダツラを初めて見たのは北大植物園で、
もう秋だったので花はなかったが、実がひとつだけなっていた。
その実はとげとげがびっしり生えており、形が女性器そのものだったので、
「ダツラは女」という言葉を理解した。
(でも、あれから何度もダツラの実を見るが、あれほど女性器らしいものは皆無だった)

ダツラはとても美しい花である。
大輪の朝顔に似ているが、茄子科の植物で朝顔とは違う(アサガオはヒルガオ科)。
ジョージア・オキーフも秀逸なダツラの絵を残している。

夏の夜に、自転車を飛ばしてある角を曲がったとき、
視覚の隅に映った白い光がダツラだった。
後戻りして改めて見ると、
闇の中に月光を浴びて幻想的に浮かび上がっていた。
ほんのり光って見えたのだ。
「毒? 私、そんなの持っていたかしら」と言うような、イノセントな風情を装いつつ、
ほんのり芳香を漂わせて、
凛と咲いていた。


ダツラの改良種にエンジェルス・トランペットというのがある。
これは実を結ばない。
挿木で増やすそうだ。
ダツラと違うのは、花がみな下向きに咲く。
こちらもいい香りがする。
エンジェルス・トランペットのほうが色が多彩で、
黄色や、私の大好きなオレンジがかった淡いピンクとか、
シックな茶色とか、
いろいろ。
因みに毒はないらしい。
毒がぬけて「天使のラッパ」になるというのも、面白い。


私はダツラを見かけるたびに、「あ、会えた」と思う。
そして今日も美しいと褒める。
彼女の機嫌を取るためではなく、本当にそう思うから。
ダツラに会える夏の夜は、湿度の高い熱風でさえ、素敵なシチュエーションになる。
私は彼女の持つ、別の「毒」にやられているのかもしれない。

夏が近づくと、ダツラの葉が伸びてくる。
私はそれをとてもわくわくしながら待っている。

いつか「本当に」会いたいといつも思っている。
(でも服用したりしないように)
2008-06-08

*田植え前と田植え後

田んぼに水が入った風景を見ると、教習所の若い先生を思い出す。

私が通った教習所はわりと近くにある。
教習車はこの辺をよく通る。


乗車教習の1時間目が東北弁(?)でよくわからない言葉を話す、亀に似たおじさん。
それはAT車だったのだけど、教習の最後に私の教習簿を見て
「あれ、MTで受けるの? ATでよかったのにねぇ」と言った。
「まっ、でも! これもまたチャレンジだからね」
自分の1回目の教習が散々だったのは自覚していたが、
こんな東北弁の亀に、フォローどころかチャレンジなどと言われて、
くー。


<<うちの車、MT車だったんです。だからATではだめでした。だめだったんだよぉう !
おかげで今もAT車は運転できないんだよう !>>


失意のまま、2時間予約を入れていたのを少し後悔しながら休み時間を過ごした。
チャイムが鳴り、教官室からわらわらと教官たちが出てくるのを
指定された教習車の傍でぼんやり眺めていた。教官には女性も何人かいた。
老若男女、亀のほかに、若くて姿勢のいい男性が歩いていて、
ああ、あんなひともいるんだわ、私はどうせまた亀とかヤギとかそんなのなんだわ・・・
と思っていたら、その若くて姿勢のいい先生が2時間目の教官だった。
神様


彼はとても丁寧な教え方で、しかも標準語だった(←重要)。
「はーい、いいですよぉ。とってもいいです」
さっき亀に散々言われた教習生はどこ?
今若くてかっこいい先生に褒められているのは誰?

2時間目の教習内容が終わったあと、所内を回ってくださいと言われたので、
素直にはいと答え、2速までしか使わない運転でぐるぐるしているとき、
その先生は何やらノートに書き込んでいた。
何かしらと思う余裕もなかったのだけど、
時間がきて、ありがとうございましたと言おうとしたら、
先生はそのノートの1ページをぴっと破り、
「これ、榎本さんの注意点です。参考にしてください」と言いながら渡してくれるではないか。
埼玉県在住主婦A子さん、心の花火どっかんどっかん。
ハートのお目々になりながら教習を終えた。


はじめは指名というものしなかった。
いろんな先生に会うのが楽しみだったから。
亀もいたが、初々しい新人の、一生懸命な女性や、
簡単に説明するためにいろいろ言葉を探してくれた、アイシャドウがピンクの女性、
すごく厳しいけれど、私がS字をクリアしたとき拍手してくれたテディベアみたいな男性、
鬼平なみに渋いおじさま、スキンヘッドのおじいさん(←この人寝てることがあるらしい)、
すごく背の高い、気の弱そうなウルトラマンみたいな男性、
本当に色々。
でもみんなとても親切で、このへたくそな教習生相手に辛抱強かった。
教習所の先生が感じ悪いというイメージはかき消えた。

でも、それでも第一段階で結構当たったのが、この若くて姿勢のいい男性だった。
2回目に当たったとき、
「榎本さんには前に1度お会いしていますね」と言われ、
いそいそと心の打ち上げ花火をまた用意していた私。


勿論そんな淡い恋心などさっさと消える瞬間は用意されてますとも。

教習中、また残りの時間をぐるぐるしているとき
「榎本さん、何どしですか?」(教習簿に生年月日がはっきり記載されているので隠しても意味なし)
「あ、ぱ、パンダどし(ちゃんと言いました。本当の干支を)です」
「僕もですよ♪」

どういうつもりで言ったのかわからない。
単に、わーい、同じ干支ですね~って思ったのかなぁ???
でもさすがにどんなに私がずうずうしくても、
まぁ☆同い年~♪というジョークも思い浮かばず、
「ひっ、ひとまわりっ・・・」
始めの「ひっ」で、ハンドルよろっ。


その先生に名前をつけてなかった。
仮にアキラさんとする。

アキラ先生は小さい頃、絵を習っていたという。
賞ももらったりしたと言っていた。
でも進んだのは法学部だったそうだ。
「何にでも使えますから」と言っていた。
そんなものか。知らないんだけれど。


アキラ先生とは話が合った。
彼は侘び寂びを心得ており、センスもよかった。
自分から自分の車を教えてくれたのはアキラ先生だけで、
それは言いたくもなる、シルバーボディのボルボワゴン。
彼の身長は私と同じくらいで、小柄なひとで、
その体にあまりにも似合わない大きな車だと思ったが、
きっとささやかなコンプレックスがあるのかもしれないと勝手に想像していた。
他の先生方は聞いても車種をなかなか教えてくれなかった。
あれは女房は美人かと聞かれるのと同じくらい困る質問なのかしらと思った。


アキラ先生はひとまわり違う女性でも、簡単にうきうきさせられる言葉をたくさん持っていた。
まだ入社して3ヶ月目だと言ったが、
ここにくる前はどこどこの百貨店で営業をしていたと聞き、納得。
(お金がたまらなくて辞めたそうだ)
きっと人気があるに違いないと思った。
指名されると何かいいことがあるのですかと聞いたことがある。

「いえ、指名料が会社からあるとかはないんです。
ただ、ボーナスの査定にちょっとあるかもという噂です」
「でもこの間先生を指名しようと思ったら、指名用のナンバーがわからなかったわ」
「あっ、あるんです、ちゃんと。コンピュータ画面に呼びつづけたら出てきます
僕でよかったらどんどん使ってください」

それまで彼はオレと言ってたが、この時初めて「僕」を使ったなぁと思った。


因みに他の先生から聞いたことだが、
「指名してね♪」の類は原則的にしないという暗黙の了解があるらしい。
でも、アキラ先生の態度は鼻につかなかった。
彼は若くて野心家なのだろうと思った。
それはよくあることだし、悪いことではない。
むしろ一生懸命で微笑ましいとさえ感じた年上のおねえさん。


アキラ先生の教習車には、いつも車内の匂い取りの「葉っぱ」がさげてあった。
帰りに何気なくボルボをみたら、同じメーカーの、葉っぱではなく、クジラの尻尾のが
ミラーにかけてあった。


私が不思議だったのは、
アキラ先生が印鑑を車のギアボックスの傍に無造作に置きっぱなしにしていることだった。
印鑑は大事である。
みんな上着や、ワイシャツの胸ポケットに入れて、常時身につけている。
ある先生などは、ポケットが煙草やらボールペンやらでいっぱいなので、
靴下の中に入れて持ち歩いていたくらいだ。
(そう、そんなのを私は見逃さないのよ♪)


そして、もうひとつ納得のいかないことがあった。
仮免を取ってからの第2段階は、車の点検から始まる。
タイヤの空気圧や、ライト類の点滅テスト、工具の有無などを「自分で」確認する。
その点検をしようとしたら、アキラ先生はこう言った。
「あ、僕がやっておきました。さっさと路上に出ましょう」

ごめんなさい、アキラ先生。
毎時間他の教習生がしているのだから、いちいち点検しなくてもいいのだろうけれど、
これはそういうクセをつけたり、空気圧の具合を体で覚えるためにするのだと思う。
私は車のことを何も知らないから、ちゃんと自分でやりたい。
やってもらってラッキーって思う女性はたくさんいるだろうけれど、
私は違うんです。

・・・・そう思ったけれど、口にしなかった。


その日はよく晴れたいい天気で、路上教習も気持ちよかった。
「先生、田んぼに水がはいりましたね」
「オレ、田んぼに水が入って、田植えが始まる前の感じ大好きなんですよ。
その前に立って、月がでていたりして、田んぼの上を通る風が顔にあたったりするのが
すごく良くて」

ああ、その感じ、わかる。
私もとても好き。
やっぱり先生とは分かり合える何かがあると思う。
でも、先生の持っている空気、ちょっと私に刺激がある。
老人が1番風呂に入るのは「刺激」があるから好ましくないとよく言うけれど、
ちょうどそんな感じ。
私はまだ老人じゃないけれどね♪
すごく楽しいし、素敵な人だとも思うけれど、
車の運転を習うんじゃないところでおしゃべりしたい。

と、ひとまわり年上の女性は思いながら、
田植え前の田んぼの中のドライブを楽しんでいたのだった。
彼の指名はそれ1回きりだった。



因みに、私が指名した教官は、おやじっぽい(しかし2つ年下)生真面目な男性。
体がすごく大きくて、教習車のマークⅡが窮屈そうだった。
彼は侘び寂びを全然理解しない方だったけれど、
その先生の教え方は、絶対に私を甘やかさなかったし、たくさん怒られたが、
とても気をつかってくれる優しい先生で、いちいちフォローしてくれたのがとても嬉しかった。

その先生は今でも時々教習車の中から私と目が合うと、何か合図をよこしてくれる。
アキラ先生は私には気がつかないみたい♪ふふふ。
2008-06-07

*ジャスミンティの味は衝撃だったのに

おとといに引き続き、昨日も天然石を触って、ブレスレットの石合わせをしていた。
決めていた時間をとうにオーバーしているのにやめられなくて、
やっと手を止めたらもう日付が変わっていた。
お茶でも煎れて一息ついたら休もうと思い、なんとなくジャスミンティ。


薬缶に水を入れる音。
ガス台にかける音。
ガスをつける音。
食器棚を開ける音。
お茶のはいった缶を開ける音。
スプーンですくって、ポットに入れる音。
カップを乾燥籠から出す音。
お湯が沸く音。
お湯をポットに入れる音。

沈黙。

お茶をカップに入れる音。


香りを吸い込み、丁寧に味わっていると、
以前まずいのに我慢して飲んでいた頃を思い出すのか、
胸に何か感じる。
それは「切ない」とか、「必死」とかいう類の感情ではなく、
もう少しゆったりした、もう少し気持ちの良いものなんだけれど、
一体何をしていたのか、全く思い出せない。

今は、ジャスミンティにはすっかり慣れて、
むしろおいしいとさえ思いながら夜の底にいる。


「この茶葉は本場中国のものだから本格的な香りが楽しめますよ」

(緑色の缶に書かれている中国語は何が書いてあるのかわからないんだけれど、
この茶葉をくれた人が言ってた。

・・・大丈夫かな、中国製・・・・・・・。などとうっすら思ったが、もう遅いなあ♪)


ジャスミンティは眠りを誘う薬にはならない。
でも泥みたいに疲れていたので
眠りまでの廊下を花の香りに満たしてもらって、ぱたっと眠ってしまった。


翌日の夜になってもまだ眠い。
2008-06-03

*マグリット展とは関係ないところで

夏の激しい雨の日には、いつも思い出す場所がある。

ある美しい画家の紹介で、
当時近代美術館でやっていたマグリット展の看視員のアルバイトにつくことができた。
1988年のこと。あれあれ、20年前だ。

当時あそこは一般募集をしていなくて、専ら働いている人の紹介だけで人を集めていた。
リニューアルした今は多分もうアルバイトさえ雇っていないんじゃないかな。

で、マグリット展だというのでわくわくしていたら、
何故だかその本館から更に5~6分歩いたところにある、工芸館というところに配属になった。
ここは竹橋にある近代美術館の別館で、漆器や陶芸、蒔絵、織物や着物、工芸家具。
そういう、小学生にはちっとも面白くない分野のものが展示してある。
私も小学生なみに興味がなかった。

配属を言い渡され、マグリットにさようならを言い、
お堀端の緑深い、日差しの強い長い道を、焦がされながらとぼとぼと歩いていくと、
突然レンガ造りの古い建物が目に入ってきた。それが工芸館だった。
こんなところまで来たことがなかったから、こんな建物があったことも知らなかった。
明治の頃は近衛師団の指令庁舎だったそうだ。

戦後は家を焼かれて行き場のない人たちの溜まり場になっていたこともあり、
かなり中身が傷んでいたそうで、
外見の美しさを保存するために、
その内側にもうひとつぴったりくっついた家を建てたような構造になっていた。
だから中で当時のままなのは、エントランスにある階段だけ。
はっきり言って、中は全くおもしろくないつくりだ。
外から見ると屋根にちいさい小部屋がある。
私はどうしてもそこが見たくて、頼んで見せてもらったのだけど、
空調の太いパイプが縦横無尽に行き交っているだけだった。
まぁ、それはそれで私にはおもしろかったんだけれど。
あそこ、以前は書庫だったらしい。


マグリット展の看視員が50人くらいいるのに対し、工芸館は6人程度だった。
その時のマグリット展はかなり大掛かりで、大作も何枚かあり、連日何千人という客数。
工芸館は100人はいれば「えー! すごーい」という、のんびりさ加減。

あとで知ったが、この工芸館の配属はみんなが羨ましがるところで、
なかなか希望しても配属されないのだそうだ。ラッキーって言っていいものか戸惑う。


こんなところに来るお客様は何が楽しくて来るのだろうと思っていた。
展示物はどれも私にとっては無口で、空調の音だけが室内を埋めていた。


まわりを樹木に囲まれた、静か過ぎる環境。
じーん・・・と音がするくらい天気がよかったり、
火照りを取る、しとしと雨がさぁーっと建物にかぶっていたり、
古い建物が気の毒なくらい強い雨だったり、
周りの樹木が弓なりになるくらい風が強かったり、
外の緑の濃さや、影の濃さ、
そんなのを、幸いにもつぶされなかった窓からぼんやり眺めては1日を過ごした。

実際椅子に座っていると眠ってしまうくらいヒマだったから、
たまに体操したり、へんな顔をしてみたり(得意)。
せめて本でも読めたらよかったんだけれど、看視員は本は読めない。

でも警備員のおじ(い)さんがとっても楽しかったので、とても救われた。
彼は金次郎さんといい、みんな金ちゃんと親しみを込めて呼んでいた。
金次郎さんというくらいだから次男なんだろうと思ったら長男だという。
「母親が金太郎ってつけたかったらしいんだ。
でも当時の校長先生が、いじめられるからやめろって言ったらしい」
何の校長先生かはナゾだけれど、きっと地元の名士だったんだろう。
それで太郎を次郎にしたアバウトさ。素直さ。
それを当たり前のように受け入れている金ちゃん。

時々金ちゃんは外へでる。
きっと金ちゃんも眠らないように工夫していたんだろうと想像する。
たまに金ちゃんが各展示室を回ってくるんだけれど、
ひょいっと何か投げてよこすので、何だろうと見ると、まだ青くて小さい梅の実だったりした。
その日はその梅の実をポケットの中にいれて、ずっとビロードの手触りを楽しんで過ごした。

みんな、変わりばんこにもらっていた。

きっと今はもう金ちゃんは引退しているだろうな。

建物にいろいろまつわる話を一緒に働いている人たちから聞くのも楽しかった。
何しろ近衛師団指令庁舎である。
天皇に何かあってはいけないという配慮から、
どこかに秘密の通路があるらしいとか、ないとか、いろいろ。
(事務のひとに聞いたら、もちろん無いという返事だった)


ある日、窓のない部屋で、梅の実もなく、眠気と戦っていたとき。
ひとりのおじさんが「ここだ! ここが私の部屋だった!」と叫んだ。
当時の中尉殿だか何かだった。
「ああ! なつかしいなぁ!」
私は不思議な気持ちで眺めていた。
だって、全然変わっているのだから、建物の中身は。
何をみて懐かしいんだろう。
私には見えない物をおじさんは見ていた。

時々皇居の方を向いて一礼していく人たちもいた。
「まだ終わっていない」人達、なのだろうか。
(あ、わたくしは右翼ではありませんが、皇室はあってほしいと思っています)

休憩時間に、同じ看視員のある女性とその話をした。
彼女は「ずうずうしいって思う」と言った。
そのずうずうしいっていう言葉は私には不思議だった。
彼女は私よりちょっと年上で、いつもおだやかなひとだったので、
そんな言葉がでるのは意外だった。

時代は変わっても、たたきこまれた美学(?)は揺るがないのだろうか。
今の時代に、たとえどんなものであっても、あんなふうに純粋に、
確固たる美学を持っている人っているだろうか。
それは良いことか。悪いことか。

ヒマなので、そんな小難しいことまでガラにもなく考えたりして。
今ならわかる。
そんなこと考えていたら、眉間にしわがよりますよ、ほらって教えたい。


あんまりヒマだと、仕方なく展示物を見たりもする。
すると、だんだん「あぁ、この形?」とか、
「あぁ、この色?」とか、
「もしかして、この線?」とか、
これまたガラにもなく、あるいはとんちんかんに思っちゃったりするのもおもしろかった。

工芸館の担当が終わるころ、日本の工芸の本を受け付けで買っちゃったりした。
今は私の本棚でホコリをかぶっている。ふふふ。


マグリット展が終わる10日くらい前に工芸館のその時の展示が終わった。
私はマグリット展の絵はがき売場に配属が代わって、
ウソみたいに忙しい毎日になった。
見かけが若くて上品で何もできなさそうな(自分で言ってすみません)私を、
影で「お嬢様」と呼んでる人達がいて、
私が奧から絵はがきの入った重たい箱をひょいと持ってきたりすると、
「お嬢様やるじゃん。働いてるじゃん」という声が聞こえたこともあった。
彼女達に悪気が無かったのは知っているが。
へへーんだ。



なんだか工芸館の日々が真昼の夢のようだ。
現実感が感じられない。
影が全然ないみたいな、つかめない気体みたいな、ふわふわしたイメージ。
金ちゃんはリアルなのに。
プロフィール

Etsuko*

Author:Etsuko*
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◆札幌出身 埼玉県南部在住
◆女性
◆職業:MMS JAPANガイド
ヒーラー・チャネラー
直傳霊氣療法士
イラストレーター
ジュエリーデザイナー

◆好きな食べ物:
フルーツ フルーツ フルーツ
◆好きなスポーツ:
太極拳
◆好きな音楽:
TRICERATOPS、Bonnie Pink、
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